2026年07月2日
ご無沙汰しております。
株式会社ストラッテはとうとう10期が終了し、11期目に突入しています。
つまり僕も社長歴10年ということです。
思えば遠くへ来たもんだ。
以前にもどこかで書きましたが、「会社は10年で1割しか残らない」なんていう言葉があります。
しかし僕の周りの会社はほとんど潰れておりません。
恣意的な何かだとは思ってますが、ここで10年前には存在していなかったChatGPTさんに質問してみましょう。
【一般的な生存率データ】
日本政策金融公庫や帝国データバンク、中小企業庁の統計などからまとめると、会社の存続率は次のように言われています。1年後:約60〜70%が存続
5年後:約40%が存続
10年後:約25〜30%が存続つまり、10期(=設立から10年)まで生き残るのは およそ4社に1社程度 です。
ですって。
うん、肌感でもこれくらいの感じだと思う。
とりあえずそこにたどり着けたことは喜ばしいことです。
というわけで今回久々に筆を執ったのは、せっかく10年というキリの良いところを達成したので振り返りを記しておこうという理由です。
ほとんど誰も読んでいないこの場所ですが、僕の知り合いが極稀に読んでいるみたいなので。
そう、そこのあなたのことですよ。
ほとんど読まれてない利点を活かし、なかなか表には書きづらいちょっと踏み込んだことも書いてみます。
僕が起業する前にずっと自分の中で自問自答していたことがあります。
・自分の経験と性質上、数字やコンバージョン周りで勝負すれば勝てるんじゃないか?
・もし勝てるなら一般的なWEB制作会社よりもよほど重宝されるんじゃないか?
正直に言えばこれをサラリーマン時代に達成して満たされていれば起業していなかったかもしれませんが、HP制作会社時代は制作と営業で忙しくてそこを追求する時間が取れず。
事業会社時代は広報や雑務で忙しくそこを追求する時間が取れず。
まさに典型的ないいわけですねw
サラリーマンとしてのそういう調整能力が足りなかったということです。
というわけで勢いで独立し、自分の裁量100%になったことでようやくそこにエネルギーを注ぐことが出来ました。
言い換えると「言い訳できない戦い」が始まったわけです。
特に経験があるわけでもなくコネもなし。
方法論も手探りの中、ただ自分を信じるのみ。
がむしゃらに一日15時間働いていたのを覚えています。
そんな日々を過ごしていると、想定していた以上に早い段階で成果を出せるようになりました。
そして、それは想像以上でした。
今まで自分が仕事でやってきたこと、プライベートでやってきたこと全てが繋がり、まさに点と点がつながる感覚。
線どころか面になっていく。
そうか、自分はここにたどり着くために今まで努力してきたのか。
そう確信できる結果がそこにありました。
売上や利益は自分が当初に思い描いていたものと比較して文字通り一桁違いました。
クライアントからの評価もこれまでの制作時代では得られないものでした。
結局、多くの企業はWEB制作に成果を求めているので。
営業する必要すらなく、むしろ接待される側に。
正直、全く想像していない日々でした。
WEBを軸にしてクライアントの業績を上げ、WEBを利用するエンドユーザーに満足をしてもらい、自社や自社に関わる人に潤ってもらう。
まさに「三方良し」を体現し、それはもう幸せとしか形容しようがない状態でした。
人というのはとどのつまり、人を介して幸福を得る生き物です。
自分の経験とポテンシャルで、そして自分の組み立てで関わる人がみな潤っていく状況というのは、まさに起業家冥利に尽きるというものです。
仕事ってこんなに楽しかったんだ、という発見。
はっきり言って、僕はこの時点で起業した目的やミッションをほぼ全て達成できてしまったという実感があります。
いくらなんでもちょっと早すぎでしたね。
仕事、会社というものは事業内容や売上だけでは成り立っていません。
自分一人でできることの限界はあるので、一緒に仕事する仲間がいてこその会社と言えます。
雇用や協業も会社経営のミッションの一つというわけです。
このHPで告知していたように、雇用についても比較的早期に着手しました。
人の問題なので事業ほど簡単ではありませんでしたが、苦労しながら一つ一つ進めていきました。
ただ、ここで一つ嬉しい?誤算がありました。
本来会社というのは資金と従業員をレバレッジとして事業拡大していくものです。
例えば製造業であれば、工場という設備投資をして従業員を雇って拡大していきます。
従来型産業はほぼ全てその構図になっていると思います。
しかし僕らの場合、個人や少数チームでも能力さえあれば構造上のレバレッジがかかってしまうのです。
そこがWEBの強みであり、僕がそもそもこの業界を志したきっかけでもあります。
言い換えると、「従業員を必死に育てなくても売上と利益は拡大できるし時間も確保できる」ということ。
となると、弊社にとって従業員を採用し育てる行為というのは「それ自体に価値を感じるかどうか」のほうが割合として大きくなります。
更に、僕らの業界はプロジェクトごとに横のつながりで仕事をしたほうがうまくいきやすいという事象も見えてきました。
フレキシブルな方がどうしても有利なのです。
事業経営において有利不利だけで判断していくのは好きではないんですが、やはり会社経営というのはそれほど甘い話ではないはずで。
僕はサラリーマン時代に中小企業経営者を見る機会が多く、つまりは失敗していく経営者もたくさん目の当たりにしました。
それはそれはもうつらいことです。
資金繰りに窮して自己破産どころか社長が強盗に入った事例、心中した事例なども見聞きしています。
「自分の想い」よりも健全性や効率を追い求めた結果、弊社は会社として従業員をたくさん抱えて拡大していく戦略を選びませんでした。
ここは一つの大きな経営判断だったと思います。
そもそも、自分は起業時に「100人規模の会社にしたい!」などの想いは一切無かったので。
「自分を表現したい!」それだけだったので。
この辺は周りの経営者さんを見ても本当に十人十色です。
一つ言えるのは、「自分たちが恵まれているという自覚」の大切さです。
自分のことだと簡単に感じてしまいますが、歴史的に見ても従業員に頼らずレバをかけられるというのは特異なことだと思います。
松下幸之助や渋沢栄一だってこの状況を見れば「ずるい!そんな方法があるんだったら俺だってそれを選んでいる」と言うかもしれません(言いません)
雇用を生むというのは尊いことですし僕の中に憧れもあったのですが、弊社としては事業の特性を活かして横のつながりでチームを組んで仕事をすることを増やしていきました。
特異な有利さをしっかり享受した、ということです。
あと、自分の活動によって同業者の繋がりが多く、横のつながりでいくらでも優秀な人を見つけられたというのも大きかったですね。
一般的な採用活動と確率が違いすぎました。
今から考えると、かなり余裕はあったのでもう少しそこに挑戦してみても良かったのでは?とも思いますが、それは結果論なので。
リスク管理が得意な自分にとって、必然だったと思います。
早期に自分の起業ミッションを想像の数倍の規模で達成し、効率的な経営手段を選んだ自分にとって、その後はある意味での慣性力の世界でした。
言い換えると、更にブーストさせる推進力がどこにも見当たりませんでした。
良く言えば、幸せすぎる。出来過ぎ。
悪く言えば、これ以上頑張る理由がない。自分の器はここまで。
誰かと比較するのはあまり意味のないことですが、過去の自分とはどうしても比較してしまいます。
過去にも書いてますが、サラリーマン時代は結構苦労の連続でしたからね。
私生活も満たされ十分に時間を使える環境を得て、年齢も40を過ぎ、徐々に仕事セーブモードになっていきます。
多くの経営者が子育てにあまり携われなかったことを嘆いていますが、僕は思いっきり堪能できました。
どちらを選んでも一長一短あるということです。
そこにコロナショックが加わり、リスク管理力の高い僕は新規の仕事を完全にストップさせました。
現状は好きな仕事だけ選んでやることができ、小さい頃からの夢だった「ゲーム開発」もやっています。
とうとううちの会社もゲーム開発会社になったよ!まだリリース出来てないけど。結構苦労してるけど。
こういう会社にありがちなんですが、不動産投資業も始めました。
そもそも投資業自体は昔から趣味みたいなものなので。
シムシティや桃鉄みたいで楽しくやれています。
適度に新しいことをやりつつ、刺激と責任と自由のバランスを取っているところです。
完全引退はありえないし、またどこかで急に火が付いて猛烈に働きたくなるかもしれないし。
何でも自分の意思で選びたい自分にとって、それを継続できる環境こそが大切だと考えています。
ちょっと自分語りが過ぎた気がしないでもないですが、ブログって元々こんなもんだったじゃん?ということで。
結局、人はないものねだりの生き物だと思うので、あるもの満足の精神で日々生きていきたいと思ってます。
20期を迎えるときにはどんな会社になっているんだろう?